原節子、現在まで一人で鎌倉で生活。肺炎になり入院もしていた

「永遠の処女」として長年人気を博していた原節子さん。
彼女は最近姿を見せていないと言われていましたが、一体現在までどんな生活を送っていたのでしょうか?




原節子は1963年から姿を見せていなかった

原節子さんは戦前から戦後にかけて活躍なさっていた女優さんです。
代表作には『めし』、『わが青春に悔いなし』、『東京物語』などが挙げられます。

生活に困窮していた家族を助けるため、次女の旦那さんである映画監督の誘いで映画女優になった彼女。
学校に入っていましたがそれも辞めて、女優一筋の道を歩み始めます。

戦時中だった1936年にはその努力が認められてか、ドイツの映画監督であるアーノルド・ファンク監督に映画オファーを受け、『新しき土』という作品のヒロインに抜擢されます。
この映画は何と、あのヒトラーやナチスの最高司令部も観て、そして高評価を下したんだそう。

そして戦争が終わったのちも、原さんは資生堂のイメージガールに起用されたり、後に彼女を大絶賛してくれる小津安二郎監督に出会い『晩春』に出演したりして、女優としての道をどんどん突き進んでいきます。

しかし、出演した映画が次々とヒット作となっていく中、彼女にある悲劇が襲いかかります。
なんと、目の前で映画製作会社・東宝のカメラマンだった兄が、列車にはねられてしまうのです。
これを見た彼女は精神的な面からか体調を崩し、なかなか復帰できない状態になってしまい、やがて引退がささやかれ始めます。

その後は何とか復帰して『婚約三羽鳥』や『忠臣蔵花の巻・雪の巻』に出演しますが、この『忠臣蔵』が彼女の最後の作品となってしまいます。
というのも、この映画の後に彼女を慕ってくれた小津安二郎監督が亡くなってしまい、彼女は「彼の死に殉じる」という形で引退するのです。
そして、原節子さんは現在まで、一切姿を見せていません。




鎌倉に住んでいるが現在は肺炎で入院中?

しかし、原節子さんの現在に関する情報はいくつか入ってきています。
それは、鎌倉に住んでいること、甥が時々彼女の様子を見ていて「元気だ」といっていること、しかしながら最近まで肺炎で入院していた、ということです。

原さんは神奈川県の出身で、だからこそ鎌倉がお気に入りのスポットだったようでした。
そのため、現在までそこに住んでいたようです。

しかし女優を引退後はメディアに一切顔を出さないと決めていたようで、なるべく外出しないようにしていたようです。
近所の方も彼女の姿をあまり見ないようになってしまい、鎌倉に住んでいないのではないかとさえ思っていた様子。

ところが原さんは最近まで肺炎で体調を崩し、神奈川県の病院で入院していたようです。
現在95歳である原節子さん。この数十年間、いったい何をして過ごしていらっしゃったのでしょうか。




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