水木しげるは左手を戦争で失っていた。鬼太郎だけではなく慰安婦をテーマにしたものもあった

自身の妖怪漫画『ゲゲゲの鬼太郎』が日本で長く愛されていた、水木しげるさん。
彼は実は左手を失いながらも漫画を描いていたってご存知でしたか?
また水木さんは鬼太郎だけではなく、慰安婦に関する漫画も描いていました。




水木しげるの左手は戦時中に失われていた……

水木しげるさんは、1922年生まれで今年93歳。かなり長生きな方ですよね。
しかし、水木さんが生まれた育った時代は、ちょうど日本が戦争のピークを迎えていた時でした。

そのため彼も若い時は戦地で闘う兵隊となり、パプアニューギニアへ出国していたんだそうです。
そこで攻撃から逃げ回ったり、現地民と仲良くなったり、と思ったら攻撃にあって海に飛び込んで助かるなどの凄まじい経験をしたんだとか。

水木しげるさんは割と戦場でも朗らかな性格で仲間からは人気があったようですが、上官からは目をつけられていて、一人海に飛び込んで逃げた際には「なぜ死ななかったのか」などとこっぴどく叱られたこともあるんだそうです。

そんなこんなで戦地での生活を過ごしていた水木さんですが、ある時マラリアという蚊を媒体とした高熱が出る病気にかかってしまいます。
その治療を行っている最中、悲劇はおきます。
なんと、治療中に敵機の爆撃にあい、左手を失ってしまうのです。

水木しげるさんが左手を失っているということを知らなかったという方ももしかしたらおおいかもしれませんが、実はこれは戦争が招いた悲劇だったんです。
しかしそれでも彼は漫画を描き続け、戦時中も一部の上官から「似顔絵を描いてくれ」と頼まれたりすることもあったんだそう。
すごい方ですね。




水木しげるは慰安婦を題材にした漫画も描いていた

そんなひどい戦争を経験し、左手までも失ってしまった水木さんですが、この戦争のことを題材にした漫画も描いていました。
それが『姑娘 』というもので、兵隊の友人から聴いた慰安婦の話に手を加えて漫画にした作品です。

やはり戦時中の話の作品ですから、これは正直けっこう重いストーリーです……。
しかし漫画家として、そして戦争経験者として、つたえずにはいられなかったのかもしれませんね。
水木しげるさんといえば『ゲゲゲの鬼太郎』だと思われがちですが、実はこんな慰安婦の作品も描いていたんですよ。

ちなみに『ゲゲゲの鬼太郎』の方は、水木さんの家でお手伝いをやっていた景山ふささん(通称・のんのんばあ)という方が彼によく妖怪の話をしてくれたためにできた作品なんだそう。

様々な経験が相まって、素晴らしい作品ができあがっていったんですね。




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